さよならにはすこしはやい日に




ぐっしょりと濡れたリノリウムの床。
冷たさだけを孕んだ床に、小さな体が転がる。

がしゃん、ごろん、がしゃん、ごろん、

耳のおくで何回も何回もくり返す。

がしゃん、ごろん、がしゃん、ごろん、

耳がつぶれてしまいそうなくらい大きなひめい。
真白なふくをきた人たちが、真っ赤になってころがっていくのがみえる。
ごろんごろん、ころがってくるのはきっと


「触っちゃダメだヨ、キタナイカラ」


びしょびしょのからだは力がまったく入らない。
しろいひとができそこないと呼んだおれにあなたは何か用があるの?
握られた手からはじわじわとあったかいモノが流れ込んでくる。


「キミの名前は?」
「d01000」


そう言うと目の前の人はやっぱりね、と少し悲しそうに笑う。
何がやっぱりなのかは分からないけれど、その顔に胸がざわざわと騒ぐ。


「まさか、と思っていたけれど、本当になってるなんてね」
「ねぇ、はき寸前のおれをどうするつもり?ころすんでしょ?いらないから」


真っ赤な床に転がるいっぱいの人たちが背後に見える。
みんなこの人がころしたの?
指にはまっているきれいなリングが、蛍光灯を反射してきらきらと光っている。


「せいこうさく、ならあっちにいるよ。ボンゴレデーチモの完全なクローンなら」


死ぬ気の炎を纏ったヒトがいる方を指差す。
おれには無い、みんなが、ボンゴレが欲しがった力が。
この人もそれを求めに来たんでしょ?
使えない役立たずよりは使えるお人形さんの方がだれでも好きになるもんね。
おれはきっとここで死に逝くの。
冷たい床の上で、ゆっくりゆっくり体温をリノリウムと共有しながら体温を下げて------------


がしゃん。がしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃんがしゃん
ああ、またあの音が聞こえる。目を閉じて、命が消えるのを待つ。
きっとこの人はここを立ち去る時全てを壊し、持ち去っていく。
悲しいことにおれはこのまま安らかに死なせてもらえないかもしれない。
俺は、別に生まれてきたくなかったのにな。


「キミは、僕と一緒においで」


耳のすぐそばで声がした。
柔らかくって、甘くって、悲しさを孕んだ声。
いやだ、おれはここで死ぬの、連れていくんならあっちを連れてって。
首をふって、ふってふってふって、首がこのままちょん切れればいい。そうすれば此処にいなくてもいいから。


「だめ。キミがまた死ぬのは、もう許さない」


無理矢理起こされ、肩の部分を持たれているらしく、痛みが走る。
ぽたり、ぽたり。
瞼の上から生温かいような液体が落ちてくる。
涙、ってやつか、これは。情報だけは知っている。
目を閉じたままのおれのまぶたに温かい何かがしつように落ちて、なんだかそこをこじ開けようとしているみたい。
ゆるり、目を開ければ頬に、体に、手に、赤いものをつけた白い人が泣いていた。


「また僕を置いていくのは許さない」


今まで俺の世界に満ちていた水がまとわりついてびちょびちょだったけれども
それを気にしないで、おれは、おれの意志で、この人を抱きしめた。
心の中で、濡れさせてごめん、と言いながら。


必死に縋りついてくる掌は、知っているような気がした。




(もうすぐ死ねたのに。さよなら、を、する前に迎えが来てしまった)