なついろきみけしき


銀色の自転車を引っ張り出した。
思わず懐かしい気持ちに浸りながらサドルに腰を下ろし
所在なさ気に後ろに立つ幸村を呼ぶ。



「乗れよ、幸村」
「・・・すみませぬ、政宗殿」



ぎぃ、と油の切れた音が耳につく。
幸いタイヤはパンクしていなかった。



「政宗殿はバイク通学ではなかったのですか?」
「あー・・・まぁな」
「なぜわざわざ自転車を?」
「・・・乗りたい気分だったんだよ」



明け方の涼しい風が肌を撫で
こつ、と背中に額と思われしき熱がぶつかった。
無言のまま、薄暗い空の下
ぎぃぎぃと耳障りな音と共に進んでいく。

















『転校、すんのか?』
『・・・なぜそれを』
『噂になってるぜ』
『そう、でござるか』



七夕も過ぎ、もうすぐ夏休みだ、という頃。
クラスメイトから聞いた噂話は幸村の転校。



『で、いつ行くんだ』
『・・・八月の第三日曜日に』



ちりちりと身を焦がすような
この想いを伝える前に
君は居なくなってしまう。



『じゃぁ、俺が見送ってやるよ』
『政宗殿が?』
『ああ。嫌か?』



ふるふる、と首を横に振り



『ありがとうございまする、政宗殿』



幸村は笑った。
悲しみの色を茶色の透き通った瞳いっぱいに湛えながら。

















「どれだけ、この朝が来ないように、と願った事か」
「・・・そうか」



ぎゅ、掴まれた肩。
震えるその手に気付かない振りをして
急な坂道を登っていく。

















去年、幸村はここで花火見た事を覚えているんだろうか。
たった二人きりで
いつもは邪魔する猿飛も居なくて
幸村はなぜか女物の浴衣――白地に赤い花が散った――を着て
おれは黒地に白い昇り竜の甚平で
でかい花火が上がるごとに歓声を上げる幸村を見てたら心臓が爆発しそうだった。
そんな中で振り絞った勇気。
白くて、俺より少しだけ小さい、骨ばった手を、握って。
真っ赤になっているであろう頬を隠すように、そっぽを向いたけれど
小さく握り返された手が、愛しくて。
ゆっくり振り返れば、俺に負けず劣らず頬を赤く染めて
幸せそうに、笑っていた。

















「去年、花火見たよな」



道路の真ん中で立ち止まった。
あの時見えた花火はなくて
橙色の、朝焼け。



「泣くなよ、幸」



震える手が少しだけ汗ばんだシャツの背を握っている、
かたかた、震えている。
しん、とした世界の中で
ゆっくりゆっくり、嗚咽が大きくなっていき
汗以外の水分が、じわりとシャツに滲み込んでいく。



「ほら、朝焼けだ」



いつもだったら
『おぉ、見事でござるな!』
とか、テンション高く答えるくせに。
予想に反して幸村は首を横に振り
背中に顔を埋めてきた。



「いきたくない」




小さく聞こえた言葉にずきりと胸が痛んで
背中の体温を、腕の中に抱いた。
震える背を痛いくらい抱きしめて
茶色の髪に唇を落とす。



「離れたくありませぬ」
「・・・あぁ、俺もだ」



震える声が重なり合って
朝の空気を振動させる。
周りの空間はただ、無音で。
世界中には二人だけだ、と錯覚を起こしそうだ。



「まさむね、どの」
「好きだ、幸村。お前のこと、が」
「某も、まさむねどのを好いております」



上げられた顔。
頬には沢山の水流が出来、
瞳は水分で揺れ、ほたほたと未だに涙が流れ出ている。
舐めとった液体は甘くて、しょっぱくて。
ゆっくり、そっと唇を合わせた。
胸がぎゅうぎゅう締め付けられる感覚。
泣き出したいほど、切ない。



「まさむ、ねどの、泣かない、で、くださ、れ」
「ばー、か。泣いてなんかいねぇ、よ」



二人きりの世界でそっと身を寄せて
震える身体を抱きしめあった。


















「あのさ、幸村」
「な、なんでござるか」
「来年も、ここで花火見ような」
「!・・・はい!」
















思い出の中の俺たちは
幸せそうに笑う、のに。
今はしんでしまいそうなくらい
かなしい、のだ。