鳳凰
目的の部屋の前に行けば
戸の前にいた女が驚いたようにこちらを見た。
確かこの間来たばかりの側室だった気がしないことも無い。
まぁ、記憶には無いが。
「政宗様・・・」
「此処で何してんだ、お前は」
「っ、いいえ。何もしては」
「じゃぁその小刀は何だ」
右手を捻り上げると
カラン、と謂う音と共に手の中にあった小刀が落ちた。
それを大きく開いた瞳で見、カタカタと震えだす。
小刀を拾い上げて、ぴたり、首筋に触れさせる。
「失せろ」
何か言おうとしたかは知らないけれど
とりあえず、首をちょん切った。
ごろん、どさり。
足元が赤い水でひたひたになって
真っ白かった足袋が一気に履き心地最悪に。
「政宗様!」
「あー・・・小十郎か」
「・・・これは」
「暗殺者、ってトコか?」
眉間に皺を寄せ
何も言わずに立ち尽くす小十郎を振り返る。
「なんだよ」
「・・・また鳳凰の間ですか」
「文句があるならお前も切り捨てる」
手の中の血に濡れた小刀をちらつかせれば
神妙そうな顔で首を横に振った。
「もう何も言いません・・・しかし」
「あぁ?」
「・・・殺されぬよう、お気をつけ下さい」
「・・・あぁ」
美しい畳の緑。
中央に丸まって夢現を揺らいでいるのは
真赤な着物
茶色く、長い髪
病的なほど真白で細い手足
右足には大きな傷があり、使い物にならないことが伺える
足音で目を覚ましたのか
大きくて、少しつり上がった
髪と同色の瞳が、此方を煩わしそうに見た。
「よぉ、『鳳凰』?」
「・・・何用だ、独眼竜」
「別に用はねぇ」
「ならば去れ。今すぐ俺の視界から消え失せろ」
「つれない姫だ、アンタは」
つい、と頬を人差し指でなぞれば
ぱし、と叩かれる。
瞳には真赤な炎が燃えている。
「怖いねぇ」
「武田を滅ぼされ、このような姿にされた屈辱、貴様に必ずや返す」
「武田、が滅ぼされて悲しいのか?」
「何、を言う」
揺らめいた瞳の炎。
嗚呼、矢張りそうなのだ、と確信する。
武田が滅ぼされたことに憎悪を抱いているのではない
このような姿にされたことに憎悪を抱いているのではない。
たった一つ。
あの忌々しい忍をこの手で『殺した』事が憎いのだ、こいつは。
「お前、あいつと恋仲だったんだろ?」
「そんなに憎いか?この俺が」
「お前の大切な物を何一つ残らずに奪った、この俺が!」
「嗚呼、憎い。のうのうと生きている貴様が」
「御館様も、武田も、自由も全て奪った貴様が」
「佐助を、俺の前で殺した貴様が、憎くて仕方ない!」
黒い炎を瞳に宿らせ
鮮烈な笑みを浮かべし紅蓮の鬼神。
背より見えるは蜃気楼。
そうだ。
これが『真田幸村』。
背筋がぞくりと寒気を訴える。
これこそ、最も己を満足させる相手。
「伊達政宗、貴様の首を佐助への手向けとしようぞ」
「あんな忍の為に俺は首なんか差し出さねぇよ。それにあんた、エモノは持ってんのか?」
「この穢れた手で十分だ。貴様の首を供えれば、佐助はさぞや喜ぶに違いない」
掌を見れば、目が眩む様な赤。
瞳を薄ら細め、右手を頬に寄せられれば、嫌な感触がした。
生暖かく、ねっとりとした、まるで血のような。
その手を振り払えば狂ったように笑い転げた。
「やめろ!」
幸村は美しく笑い、いつの間にか寄っていた窓際から
たん、と軽やかに飛び降りた。
慌てて外を見れば、あの傷は何だったのだ、と思うほど
軽やかに赤い着物をはためかせる幸村の姿。
その顔に、狂った様な微笑と、憎悪が張り付いている。
その表情は、どこかで見た気がして。
「伊達政宗。次はその首、この手で捻じ切って差し上げようぞ」
遠くに聞こえるのは狂った鬼の嘲笑。
『お前のその首、捻じ切ってやるよ』
ああ、そういえば
俺が幸村の右足に傷を負わせたとき
あの忌々しい忍が狂ったように笑って、憎悪の炎を燃やしていた。
あの顔と同じ表情だ、今の幸村の顔は。
嗚呼、あの悪夢がまた蘇って来るのか。
左手に負った、あの時の傷が今更にじくじくと痛み
耳の奥に残ったまま離れてはくれない嘲笑に耳を塞いで目を瞑った。
ただおれは、おまえをあいしていて
おまえがほしいとねがっただけなのに。
* * *
にせんひっと、ありがとうございます!
此方はお持ち帰りOKです。
(※いらっしゃらないと思いますが「さも自分が書いた」というような事だけはしないで下さいませ)