を呼ぶ





黒に紛れた。ぬるり。全てを塗り替えるような色。 月は雲に隠れきらりきらりとする光さえない。 大鴉を飛ばせ、行き着く先はあの場所。 アイツは、あんたを殺したアイツは絶対に其処に居る。 俺があんたをこの身に宿した、神聖なる場所に。



「…いた、」



暗闇なんて夜目が利く俺にとっては日常生活するのと大して変わりない。 アイツ―伊達政宗―はあんたが埋まっていた山の前で何か呟いている。 目は虚ろで、ぼう、としているようだ。 紺色の着物の腰には刀が下がっていた、其れも矢張り6本。 アイツを殺した後、あの刀は俺が絶対に折ってやる。 貫いた銀色の光など、消し去ってやる。 大鴉に掴まり、背後に音もなく降り立つ。 一瞬驚いたように目を広げた、アイツ。 煌々と俺たちを月の明かりが照らす。 伊達は、にぃ、と唇を歪め狂気の笑みを浮かべて哂った。 唯其れをひたと見つめ、口に当てた黒い布をぐいと引き下げた。 きっと見えただろう。 同じ、狂気の笑みを浮かべた俺が。



「お前、本当は俺が羨ましいんだろ?」
「最愛の主人は俺が殺した、この手で!あの美しい真紅を散らせた!!可哀相な忍だな。唯唯届かない思いだけを抱いた、哀れな犬め。 あの山の中に真田幸村は眠ってるんだからな!」



哄笑が響く。 目の前が崖だからなのか、ぼわんと反響して気分が悪くなった。 唯でさえ、こいつの顔を見ているだけでも不快だというのに。 上の空で俺は頭の中に住み着いているあんたに話しかける。 (ねぇ旦那、コイツ、殺しても良いよね?だってあんたの綺麗な赫をあんなにぐちゃぐちゃにしたんだそれ相応の罪を償わせることそれが因果応報…だったっけ?) 無邪気な顔で「いんがおうほう」と書いた幼いあんたの顔が思い浮かんだ。 ―同時に上手く書けたから頭を撫でろ!謎の命令をしたあんたの声も―



「あいつの何もかも手に入れられぬまま、あいつは居なくなった」
「うるさい」



俺と旦那の会話を邪魔しないで。 適当に投げた苦無はどうやらうまく相手に当たったらしく。 低い呻き声が聞こえて更に不快になった。



「喋らないでよ、うるさいな」
「嫉妬でもしてんのか、忍風情が」



しゃりん、輝く6本の爪のような刀。 真っ白い月の光が反射している。 掛けてくる蒼い影。 腰に附けていた手裏剣を両手に持ち、振り下ろされた刀を凌ぐ。 金属音が夜の闇に響く。 次々に繰り出される刀。 距離を置いて戦えば有利だとは分かっている。 分かっているのだけれども、俺の意識は段々と赤に塗りつぶされてきていた、その時には既に。 頭とは関係なく体は動き、俺の意識だけ、赤に堕ちてゆく。 (そうだこれはあんたが昔言っていた、赤い闇)







―佐助―







「嗚呼、お帰り…幸村」



















「これで最後だ!!」



振り下ろした先には誰も居らず、、黒装束を探す。 よく見ればあたりは暗闇ではなく、何もない白い空間で。 あの目立つ橙の頭は居らず、代わりに居たのは



「お久しぶりです、政宗殿」



真紅に彩られた、



「さな、だ?」
「今度こそ殺して差し上げまする、政宗殿」



とん、地面に打ち付けた二槍。 浮かべた笑みは今まで見たことも無いような、異国の宗教画で書かれていた聖母の様な笑み。 首を捩じ切る時にですらその笑みを浮かべるであろうと思うと背筋が凍った。



「お前、忍びはどうした、んだよ」
「佐助は某の約束を守ってくれましたから」
「約束…って」



首をかしげ、にこり、可愛らしい笑みを浮かべた。



「俺を喰い、全てをお前に、と」
「喰、い」
「俺の皮膚を破り血を啜り肉を喰らい内臓を引き千切りながら俺の事を想って泣く。悲しみを覚えながらも俺の全てを手に入れるんだという高揚感と快感に酔い痴れた。 佐助は政宗殿が思っている様な『犬』では或りませぬ。少なくとも政宗殿よりは、幸せなのです、俺の何もかもを手に入れられなかった貴方よりは」



冷たい感触が首に当たる。 抵抗しようと思っても指先一本動かない。 動け!動くんだ!!動かなければ殺されるんだぞ?!早く刀でこいつの首を切り落とさなければ



「さようなら、可哀相な独眼竜」



視界が赤で染まる。 どろり、纏わりつく赤。 ぐらりと体が歪んで堕ちていく。 遠ざかる視線の先で、橙の髪が赤にずぶりずぶりと沈んでゆくのが見えた。

















「ねぇ幸村、これでよかったんでしょ?」



緩やかに声が響いた。 こんもりと盛られた土の山の上には六本の刀のなれの果て。 俺がばきりばきりと1本づつ折ってしまったからもう柄とほんの少しの刀身しか残らなかったけれど。 とりあえずぶすりと刺しておいた。 きっと今俺は全身赤に塗れて、其れこそ誰か分からないような格好をしているに違いない。 早く引き上げなければ、誰に見られるかも分からない。



「さーて、お仕事終了っと」



朝焼けの白い光が地平線を照らしていく。 ついこの間刺さっていた槍は俺の右腕に抱えられ、刀が刺さっているなんて。 ―しかも其れは槍の持ち主を貫いたもの―。



(これは因果応報だもの。俺がどうにかできるものじゃない。幸村の問題だから。俺は唯約束を守っただけ)



そう、俺は。 唯、愛しい愛しい、唯一の存在の為にした事なのだから。







(ばいばい竜のダンナ。これはしょうがない事だよ。ただあんたの運が無かっただけの事さ。)