首輪





赫が飛ぶ。 床がそれに侵食されていく様が頭の片隅に映し出された。 視界の端に見えたプラスチックの水槽にまで赫が飛び散って。 唯唯無表情で拳を振り上げ足で蹴り上げ赫を頬にまで散らしている、 赫い炎のような子供に笑みが零れ出た。



「何故笑う」



ひやりとした、あまりにも冷たい目に寒気が走る。 だが俺の口元は上がったまま。 目の前の無表情が途端に不愉快そうに歪み、腹に鈍い痛みを感じた。 そういえばこの間刺されてやっと傷が治りかけた所だ、と気付いた頃には笑いなど消えて 背中から嫌な汗が滴り落ちる。 喉の奥から出した事の無いような呻き声が上がり、圧迫されたのか、空っぽの胃が何かを吐き出したいとせり上がってくる感触に震える。 仰向けから横向きに転がされ、胎児の様に丸まりながら咳き込む。



「痛いのか、佐助」



そりゃぁもう、今にも失神したいくらい痛いですよ。なんて答えたら嬉々として背筋を蹴り上げてくるだろう。 是位で音を上げる等恥ずかしいぞ俺の部下として。とか何とか云いながら。 あんたに付き合ってきて何十年のキャリアをなめんなよ。と心の中で悪態付きながら今の最善な方法を取るべくして頭を働かせる。 こんな風に理不尽な時、めちゃくちゃ機嫌が良いか、めちゃくちゃ機嫌が悪いかのどちらか。 ……嗚呼、あんたやっぱすっげめんどくさい人。



「佐助、俺は今機嫌が良い」



にこりと笑って吐きだした言葉は直感で嘘だと感じた。 あんたの嘘に騙されて俺がどんだけ酷い目に逢ってきたと思ってるんだ本当に。 多分この人は今機嫌が最高に悪い。 何故だか、は分からないけれど。 さっき殴られた時に多分吹っ飛んでいったであろう釦が血に塗れて赫くなっている。 先に見えるプラスチックの水槽。中に居た筈の緑色は見えない。 きっと、原因は、あれ。



「ベティ、死んだの?」



固まった笑顔に無言で肯定。 ほぼ大部分の人間に嫌われているであろう生物を嬉しそうに飼っていたのは三日前じゃなかったか。 いくらあんたがどうしようもないくらい他人の世話を焼くのが下手くそだとしても、 さすがに蛙くらいは飼えるもんだと思っていた。が、どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。 雄だか雌だかわかんないそいつにベティなんて奇妙な名前を付けて嬉しそうにしてたのに。 目の前の顔からは笑みは消され、腑に落ちない顔になる。



「少し遊んでやったら、死んだ」



むぅ、むくれた子供のような表情をしながら俺の上に馬乗りになる。 やめてよそれ。あんたにさっきおもいっきり腹抉られて死にそうなの気付いてないわけ。 圧迫感に息が詰まり、噎せる。 大体あんたの遊んでやった、は容赦が無いんだよ。今この状況もあんた遊んでるで片付けるんでしょ。 ベティちゃんがどんなふうに死んだかなんて知りたくないけど、ご愁傷様としか言いようがない。 この人に捕まえられたのが運の尽きだったんだよ。 もちろん俺も。



「やっぱり佐助と遊ぶのが一番面白いぞ、屑のような人間だが。中々死なないしな」



ちゅ、尖らせた唇を軽く付けるだけのキスをして真っ赤な幸村が笑った。 それは至極楽しそうな笑い。 俺の血で汚れた掌でぐしゃぐしゃと髪を撫で回され不快感に襲われたがそれに抵抗する体力も気力も残っていなくて。 溜息の後、力なく笑って一言零した。







「あんたも大概、屑みたいな人間だよ」







(魅音のヤンデレっぷりを目指して玉砕。ヤンデレって難しい。)